山梨のキャンプ場で当時小学1年だった小倉美咲さんが行方不明になって2年が過ぎました。これまであまり取材を受けてこなかった3歳年上のお姉さんが今回、その胸中を語ってくれました。
2019年9月21日。山梨のキャンプ場で行方不明になった小倉美咲さん(当時7歳)。
母、とも子さんは誹謗中傷に苦しみながらも情報提供を呼びかけ続けています。
キャンプ場をこれまで数え切れないほど訪れているとも子さん。行方不明から丸2年になる前日、小川彩佳キャスターが同行させてもらいました。
小川キャスター
「テントはここに設営されていたんですね」
美咲さんの母・とも子さん
「ここに7家族分のテントと、食事をとるためのタープ(屋根)とかを張って」
楽しくなるはずだったあの日、おやつを食べ終わった子どもたちはテントから約100m離れた沢へ向かいました。食べ終わるのが遅くなった美咲さんは一人で追いかけることに。
母・とも子さん
「美咲が私に『ママ、私も行ってもいい?』って聞いてくれたんで『いいよ、いってらっしゃい』って言って、ここまで見送って」
小川キャスター
「美咲ちゃんはここから一人で?」
母・とも子さん
「この坂を下って、ちょうどあの下の木と木の間から左の方に走っていく姿が見えたので・・・喜んでスキップして走っていく様子とかを今でも覚えているし、あの時のことをずっと後悔しています」
当時キャンプ場にいた美咲さんの3歳上の姉もあの日のことを後悔し続けています。妹を見つけるために何か役に立てればという思いで、重い口を開いてくれました。
美咲さんの姉(12歳)
「(母に)『あれ?美咲は?』って言われて『美咲なんて来てないよ』ってなったときに、どうしようと思って。やっぱりいまだにあのとき私がきちんと確認していればよかったとか、私が(美咲が)来ていないことに気づけは、こんなことにならなかったという気持ちもすごくたくさんあって。みー(美咲)じゃなくて私がいなくなったらよかったのにとたくさん考えて、その時。一人で隠れて泣いていたりとかする時もたくさんあった」
母・とも子さん
「美咲が4歳か5歳の時の誕生日に『好きな食べ物は何ですか?』って聞かれて『キュウリのぬか漬けです』って答えていて」
美咲さんの姉
「笑っていたよね、みんなで」
今は家族の会話の中で自然と美咲さんの名前が出てくるようになりましたが、行方不明になってしばらくは避けていたと言います。姉はつらい気持ちを母にぶつけ、暴れたり、暴言を吐いたりしたこともありました。
美咲さんの姉
「お母さんに『うるさい』とか『あっち行って』とかすごく言っていて、怒っていたり泣いていたりとかするんですけど、やっぱり終わったあと、お母さんが泣いていたりとか。隠れて泣いているんですよ。つらいんだろうなとかすごく思っていたけど、どうしようもできないというか。『嫌だ』とかあたっていて」
小川キャスター
「この2年離れて、生活するというのはもう想像が及ばない。娘さんのいない2年というのはどういったものでしたか?」
母・とも子さん
「親として生きた心地がしない、つらい2年間でした」
この2年、とも子さんは娘の無事を信じて探し続けています。いつ帰ってきてもいいようにと、毎日美咲さんの食事を作っていました。
母・とも子さん
「本当にママっ子で、いつも一緒に寝ないと朝まで寝ていられないような子だったので、もう今どこでどうやったら朝まで寝てるのかなと思うと・・・」
8月、とも子さんは新しいチラシを持って山梨の道の駅を訪ねました。
母・とも子さん
「チラシが新しくなりまして、また掲示していただきたいんですけれども、ご協力お願いします」
新しいチラシには髪の長い美咲さんの写真が入っています。
母・とも子さん
「2年近く経つので、髪の毛が伸びていることも予想しまして、写真を増やしました」
今もとも子さんは毎月山梨を訪れ、チラシを配っています。これまで警察に4000件以上の情報提供がありましたが、有力な手掛かりはありません。とも子さんはホームページも立ち上げ、SNSと併せて情報提供を呼びかけています。
母・とも子さん
「『7月3日のお昼ごろ、長野県の公園の駐車場のトイレで似た子を見かけました』っていう内容」
美咲さんに似た子を見たという情報は毎月数件ほど寄せられていて、そのたびにとも子さんはチラシを持って足を運んでいます。この日は、関東に住む情報提供者のもとに向かいました。勤めている店で似た客を見かけたという情報でした。
情報提供した女性
「眉毛と目元が美咲さんによく似ていました。もしかしてと思ってすぐ警察にも連絡しました」
母・とも子さん
「本当に美咲だったらいいなと思いました。些細なことでも、もしかしたらそうかもしれない。その一つ一つがつながれば、美咲に必ずつながると信じているので、情報をお寄せいただけたらありがたいなと思います」
美咲さんのお気に入りだった名前入りのランドセル。使ったのはわずか半年でした。1年生だった美咲さんは今年3年生になりました。9月、美咲さんの1学期の通知表が届きました。今学期も美咲さんの出席日数はゼロ。担任の先生からこんな言葉が添えられていました。
美咲さんの担任のコメント(通知表より)
「健康観察や給食当番、日々の学習など子供達から『美咲ちゃん』と声が上がります。どんな時でも子供達の中に美咲さんがいることが伺えます」
母・とも子さん
「この中(通知表の中)の『出席の日』が1日でもつくようにっていう思いでやってきて、それがかなわなかったっていう悔しさと、自分の無力さを感じてすごくつらくて。早くその場所に通わせてあげたいなという思いになりました」
少しずつ気持ちが落ち着いてきたという姉。母を支えながら妹の帰りを待ちたいと話します。
美咲さんの姉
「ちょっと悪いかもしれないけど、他の家族だったらよかったのにってすごく考えたんですけど、今はその家族がつらい思いをすることになる。だから私たちは絶対に(美咲を)見つけるから他の家族だったらよかったのにと考えるのをやめようと思った」
小川キャスター
「それはいつ頃ですか?」
美咲さんの姉
「それはたぶん、美咲がいなくなって1年半くらい経ったくらいかな。結構最近」
家族でよく出かけていた海。母に甘えて海に走っていく姉。2年前までは、その側に美咲さんもいました。
母・とも子さん
「ママは絶対諦めないから、必ずに美咲のことを見つけるからもう少し頑張ってねって。もう少ししたら絶対に会えるから頑張ってねって伝えたいです」
情報提供:大月警察署0554-22-0110(12日00:00)
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